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『パリに咲くエトワール』戦争シーンはある?どんな時代だった?

パリに咲くエトワール,戦争 作品解説・考察
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ふたりの少女が夢に向かって奮闘・成長していく映画「パリに咲くエトワール」

本作は、子どもも大人も楽しめそうな映画作品の印象を受けます。

しかし、予告を見ると、戦争の描写があります。

果たして、本作は戦争をどの程度描いているのか。

1912年という時代背景パリという場所から考察していきます。




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「パリに咲くエトワール」戦争シーンはどのくらい?

本作に戦争の描写は、どれくらいあるのでしょうか。

すでにパリに咲くエトワールを観ている人の口コミと、舞台となっている「1912年」「パリ」から考察します。

戦争シーンは少なめ

試写会に参加した方のレビューがすでにありました。

戦争は、彼女たちの物語の外側で鳴り続ける「避けられない現実」として存在する。
ここで映画は、戦争をドラマの燃料にせず、世界の条件としてだけ置く。
引用:https://filmarks.com/movies/124229/reviews/213418201

つまりは、戦争の描写はあるものの決して深く関わることはない=戦争シーンは少なめ

子どもも見られる映画という意見もありました。

やはり戦争ではなく、主人公の二人が夢を追う姿が中心として描かれる作品です。

戦争との接点までに焦点を当てると時間が足りないですし、ストーリーからは逸脱してしまうことになりかねません。

パリに咲くエトワールは第一次世界大戦の直前

本作は、公式サイトにも記されている通り、1912年のパリが舞台です。

「1912年 輝きに満ちたパリで、夢追う少女の物語」

画家を目指す継田 フジコとバレリーナを目指す園井 千鶴がパリで夢を追う物語。

この時代は、第一次世界大戦の直前

第一次世界大戦は、1914年~1918年に起こった大規模な戦争です。

主にフランスとドイツ、両国に味方する国同士の戦闘が中心となりました。

フランスの一部の地域でも戦闘がありました。

直接のきっかけは、1914年6月28日に発生したサラエボ事件。

セルビア人の青年がオーストリア皇太子夫妻を襲撃した事件です。

しかし、それ以前にもヨーロッパ各地では緊張状態が高まっており、各国で軍備が拡張されていました。

本作の1912年は、戦争になるかもしれないという緊張が高まっていた時代かもしれませんね。




パリに咲くエトワールはどんな時代?

第一次世界大戦の直前という背景は前述しました。

本作は、戦争以外の時代背景に焦点が当たっているようです。

1912年はどのような時代だったのでしょうか。

深堀していきます。

男尊女卑の根強さ

日本では、1912年の7月30日までは明治45年。

明治天皇の崩御により、同日7月30日以後から大正元年となりました。

当時の日本は男尊女卑の文化が根強いものでした。

女性は裕福な家に嫁ぐことが最良とされていたようです。

そのような中で、夢のためにパリに渡った主人公の二人の生き方は、人々に勇気を与えていくのではないでしょうか。

その頃は日本人が国際社会で存在感を出し始めた時代でもあります。

1912年ストックホルムで開催されたオリンピックでは、

短距離走の三島 弥彦(みしま やひこ)とマラソンの金栗 四三(かなくり しそう)が日本人初の出場者となりました。

歌人の与謝野 鉄幹(よさの てっかん)は1911年、翌1912年に妻で詩人の与謝野 晶子(よさの あきこ)もパリを訪れました。

しかし、日本人やアジア人がやっと一部の分野で頭角を現した時代でも、

まだ分野によっては活躍が難しかったことが想像できます。



アジア人への偏見

つまり、東洋人・アジア人という偏見はまだまだあった時代ということが言えると思います。

予告では、「東洋人の私はバレリーナにはなれないのでしょうか」という千鶴のセリフがあります。

恐らく体系などの問題もあり、バレエの分野では日本人の活躍はまだあまりなかったのだと思います。

日本国内でバレエの稽古場ができたのが1927年。

15年前の1912年では、まだまだ未発達の分野であったと言えます。

そのような中での夢を追う女性の話は、見ごたえがあると思いました。

パリは「ベルエポック(美しき時代)」の末期

19世紀末から1914年に戦争が始まるまでのパリは「ベルエポック(美しき時代)と呼ばれています。

町の近代化が進み、繁栄もピークに達していたようです。

1889年には、エッフェル塔が建造。

1900年に万国博覧会の開催。

文化が充実し、国際的な存在感も増していたようです。

二人の主人公の目的である芸術や音楽も繁栄していました。

また、本作の主人公・継田フジコのモデルになった説がある画家の藤田 嗣治(ふじた つぐはる)。

藤田もまた1913年にパリを訪れています

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彼らのようにパリで過ごしながら絵を描く画家を「エコール・ド・パリ(パリ派)」と呼びました。

画家の間で、パリの滞在は一大ブームだったようです。

当時の人々にとって、パリは何もかもが先進的で魅力的に映ったのだと思います。

本作は、戦争映画という見方はできないと思いました。

あくまで戦争の影は、この時代の一部と描かれ、その雰囲気を体感する映画なのだと思います。

まとめ|『パリに咲くエトワール』は戦争よりも“夢と時代”を描く物語

映画「パリに咲くエトワール」は、第一次世界大戦直前のパリを舞台に、夢を追う二人の少女の姿を描いた作品。

作中には戦争の影は存在するものの、あくまで時代背景のひとつとして描かれているのみ。

物語の中心は、2人の主人公フジコと千鶴の夢に向かう若者たちの生き方にあります。

当時の社会は女性やアジア人への偏見が残る時代でした。

逆境とも呼べる時代の中で、パリという文化都市で夢に挑戦する姿が見どころです。

記事のポイントを整理すると次の通りです。

  1. 戦争シーンはあるが、物語の中心ではなく描写は少なめ
  2. 舞台は第一次世界大戦直前の1912年のパリ
  3. 当時は女性やアジア人への偏見がまだ強い時代
  4. パリは「ベルエポック」と呼ばれる文化・芸術が栄えた時代
  5. 主人公たちが夢を追う姿がメインテーマ
戦争映画というよりも、「激動の時代の中で夢を追う若者たちの物語」として楽しめる作品と言えるでしょう。

歴史背景を知ってから観ると、より深く味わえる映画になりそうです。

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